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定期的に見返す「意識したいこと」リスト

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意識したい言葉たち。「いま出来ていること」ではなく「できるようになりたいこと」だから、普通に生活してると忘れちゃう。だからこうやってリスト化し、たまに見返す。自分に思い出させてあげる仕組み。

恥をかけ。失敗しろ。笑われろ。

失敗を恐れ過ぎていて、やってみたいことにチャレンジ出来ていないように思う。「失敗をしにいく」くらい、まずは振り切ってみようよ。

相手の反応に期待せず、自分の本音を伝える

何かを打診したいとき、「断られるかも」って思っちゃっても、相手が断るかどうかなんて打診してみるまで本当にわからない(こっちが勝手に「この人は断るに違いない」って決めつけるのはむしろ失礼)。今日ダメなことが明日OKなんてこともザラにあるだろう。

断られても「今はそのタイミングじゃなかったんだ」でOK

自分がしたいと思ったことは打診してあげよう。

「したい事を思いつく自分」と「それを叶えてあげる自分」

この2人がいる。「したい事を思いつく自分」は最近けっこう調子がいい。それを叶えてあげよう。自分を大切に。

自分の望みを調査する

「何を食べたいか」だけでなく「どれだけ食べたいか」「どんな風に食べたいか」「誰と食べたいか」とかとかいっぱいある。毎瞬、見つめる。

殴ってきたやつは殴り返す

「無視するのがカッコいい」は終わった。自分は安全だと思いながら攻撃してくるやつの攻撃は悪質。思いっきりやり返ししてこそスタート。

「行為の是非」よりも「その人を好きかどうか」の方が圧倒的に気持ちが大きい

嫌いな人のすることはdisりたくなるし、好きな人のすることは応援したくなる。

自分のことをdisってくるやつに好かれようとしても全く意味がない。関係を断つ。

毎瞬ワクワクすることを最大限行動に移して、結果を期待しない

「行動に移す」これをやる。その上で「結果を期待しない」これは慣れが必要。

とにかく、この理論は僕の人生に大きくいい影響を及ぼす。

→「結果を期待しない」の1歩目は「この打診が通らなくてもいいや(ダメ元)」って感じでやるのがいい気がする。

「相手に○○してほしい」というのは少し違う。「僕は○○したい」を言う。

「あなたに○○してほしい」と「僕は○○したい」は大きく違う。

自分の操縦席に自分を乗せる

誰がなんと言おうと、自分の気持ちを優先する。操縦席に他人を座らせないのはもちろん。お金や時間も座らせないようにしたい。

ピンとくるものがあったら、他の選択肢は見ない

「ピンとくるものがあった」そのとき僕がするべきことはそれ。「他に何があるかなー?」とかやってる場合じゃない。「"ピン"は熱いうちにうて」やりたいことがあるのに、他にやりたいことないかなー?とか考えてる場合じゃない。ほんとに!しっかりして!

相対評価を捨て、絶対評価へ。

「それがピンとくるのか」それだけでいい。

いっぱいピンとくるならいっぱいやればいいし、全然ピンとこないなら何もやらなければいい。

一度「不完全」をやっておくとハードルが下がって楽になる

完璧主義はそんなにいいもんじゃない。不安ベースだから。完璧にしたいからじゃない。

だから、あえて精度の低いことをやっちゃう。そしたら「それでも案外大丈夫」って分かるから、不安ベースでの完璧主義に陥らない。

ワクワクベースの完璧主義はほっといてもやる。制限なんてできない。

「食欲がないけど喉は乾いている」このとき食欲がないわけではない

これ。このとき、水分を摂ると実は空腹だと判明することが多い。「喉の渇き」→「空腹」っていう順番がある。

僕は「追い込まれているとき」より「余裕があるとき」の方が活動的

これは意外だった。だけど、観測しているとそう。とくにお金的余裕。

チャレンジには余裕が必要なのかも。何かを不安に思っている状態で創造的なことはなかなかできないんじゃないかな。

不調の原因は案外小さなこと。空腹とか

睡眠不足とか。その人自体が悪いわけじゃない。だけど、ずっと不調な人(自分で自分の調子を整えられない人)とは一緒に居たくないな。

「今」より「未来」を優先しない

「まだ眠くないのに明日のために寝ようとする」等、未来のために「いま1番したいこと」よりも「した方がいいと思うこと」を優先する行為をやめる。